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History



2012.6.17 更新
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『ライヴオンワイアー回想録~オルタナティヴメディアへの道』 ヤハギクニヒコ

黎明期篇】

僕が何とか自分のバンドで食っていきたい、と藻掻いていた20世紀の終わり、インディーズシーンには暗黙の閉塞感がありました。ミリオンヒットを連発する圧倒的なメジャーの売り上げに対して、殆どのインディーズミュージシャン達はバイトや仕事などで生活を成り立たせ、たまにデビューの話があっても、詐欺まがいだったり、あるいはチャンスを掴めずに消えていきました。まあそういう状況はいつの時代でも同じなのかも知れませんが、ちょっと違ったのは、みんな「夢は語れども本気ではない」という雰囲気だったんです。ある意味現状に満足していました。原因の一つはパソコン時代の到来にあったような気がします。自分の家で、レコーディングが出来るようになった。CDが作れるようになった。これは本当に凄いことでした。ミュージシャンにとってレコーディングとアーカイヴは一つの夢の到達点でしたし、それがたった一台のノートパソコンで出来るようになってしまった時、インディーズミュージシャンの中で、何かが死んだ。そんな気がしました。

21世紀になって、多くのバンドがCDを作り、そしてそれは友人達(友人の友人くらいまで)に売られていきましたが、やはり広がりはその程度。毎月ライヴをしても、すぐに頭打ちになってしまいます。そんな時、アメリカの広告やドラマタイアップのシェアは、メジャーとインディーズがほぼ半々だという事実を知りました。一体、日本とアメリカの違いはなんなのだろう。思い当たることは二つありました。日本のライヴハウスは、殆どがノルマ制で、ライヴハウス自体が集客することは殆どありません。ノルマ制にしておけば、お客さんが入ろうが入るまいが、黒字は確保できます。それはビジネスモデルとしては優秀なのかも知れませんが、文化が育つことの足を引っ張っているように思えました。ライヴハウスやイベント自体に固定客がつかなければ、足を運んでくれるお客さんは友達止まりです。もう一つは、日本の場合ライヴハウスに足を運んでアーティストを知るのではなく、どこかメジャーな広告媒体で知って、CDを買い、その後でライヴに足を運ぶんですね。アメリカと逆なんです。これでは広告代理店次第で売れるか売れないかが決まってしまうようなものです。

僕らには圧倒的に足りないものは、広告と流通のメディアでした。この問題を解決しないと、いくらCDが作れたって、メジャーシーンとの間には大きな溝が横たわったままです。何とか、日本の音楽ファンに資本が与していないインディーズの音楽を伝えられないか。そんなことを考えていた時に、IP電話が登場しました。インターネット上でリアルタイムに音声通話が出来るのなら、その音声を同時に沢山の人が聴けるシステムが作れるはず。そうすれば、世界中に生放送できる! やはり同じことを考えている人は居るもので、すぐにアメリカのラジオサーバー「LIVE365」が試験的にサービスを始めたという情報が入ってきました。そして僕らは2001年の夏、その新しいメディアの可能性に乗った仲間達と実験放送を始め、2001年12月に「LIVEonWIRE」を立ち上げました。電波ではなくネットで繋がっているという意味もありましたし、生放送というのは、DJとリスナーが、あるいはリスナー同士が見えない関係線で繋がっているはず、という想いもありました。またMOTLEY CRUEの『LIVE WIRE』はヘヴィメタ好きの初期メンバーの思い出の曲でもありました。「やる男」「益荒男」「気っ風が良い」「活発なヤツ」という意味もあります。まあ「粋」ですね。婆娑羅で歌舞伎でStylishです。(LIVEonWIRE語の「やる○○だな」の源流はここにあります)。

いざ立ち上げてみたものの、やはり壁は沢山ありました。設備を整えるのに案外投資が必要だったこともそうなのですが、初期に1番苦労したのは「生放送」に賛同してくれる意見が皆無に近かったこと。「折角オンデマンドなのだから、いつでも聴けるようにしなきゃ意味がない」というのが大方の意見でした。たまに興味を持ってくれる人がいても「ギャラは出るんですか?」なんていう存在意義を根本からひっくり返すようなことをいう人が案外多かったですね。更に、生放送で話せるDJがあまりいない。サーバーが英語だから対応できないDJやリスナーが多い。結局広告しなければ、番組の存在自体を広められない。というのも大きな問題でした。スポンサーを探したりもしましたが、大方が「生放送にこだわる理由がない」という、合理的かつ薄ら寒い反応でした。救いは「LIVE365」がアメリカでの著作権問題をクリアーしていたので、洋楽についてはほぼ流すことが出来たことと、そもそもインディーズミュージックの紹介が目的の一つだったので、権利関係に問題がなかったことです。大体僕らは最初からトークメインでやっていたので、まともに曲をかけること自体少なかったですが。笑 そんなわけで、山積する問題にちょっと考えては体当たりしつつ、一年かけて週5日生放送をするまでになったのでした。気になるスポンサーは、もちろん僕一人でした。汗